アンドリューNDR114

お題「何回も見た映画」

 

言わずと知れた名作。名作中の名作。

いわゆるアンドロイドが人間の心を持って悪に立ち向かう…なんていう話では決してない。この話は「人間とは何か」を問う物語だ。

 

アンドロイドと人間の違いは何か。

生物としての体があること。……では、人工臓器を使用した時点で人間はロボットになるのか?

戸籍があること。……戸籍を失った人間は人間ではなくなるのか?

子孫を残せること。……不妊症、あるいは性器を取った者は人間ではなくなるのか?

心があること。……そもそも心とは何なのか?

 

例えば体を構成する6割の臓器が人工物になった場合をロボットとする、という法律ができたと仮定して、そのことを認められるだろうか?

記憶喪失で戸籍を確認できないなら人間ではないのか。

子どもを残せない者はロボットと同様なのか。

心の正体は何なのか。

 

少々見方を変えると、ゴリラと人間の違いは何か、という話題にも似ている。

毛の生え方?顔の作り?どんなにゴリラに似た顔をしていても、あるいは人種が違っても人間とゴリラは見分けられる。ゴリラと人間の違いを言葉ではっきりと分けられることはおそらく今後も無い。

つまり、「人間」とはぼんやりと、あくまでぼんやりと人間同士が「人間だ」と認識しあっているだけであり、人間と認識された者の中に実はゴリラやチンパンジーが混ざっていたとしても何ら可笑しくないという状況が今の定義なのだと思う。

もちろん、科学的に解明することはできる。DNA検査だ。しかし、生まれた時点で人間かどうかという点でDNA検査している赤ん坊なんて見たことがない。つまり、高度に知能発達して人間に近づいたゴリラが人間として生活に馴染んでいたとしても何もおかしくないということだ。

 

随分脱線してしまったけれど、つまり「人間」というもののはっきりとした定義がない以上アンドロイドと人間のはっきりとした境目はないということだ。

アンドリューは自らの意思で、音楽を楽しみ、図面を使わずに創作し、自分を見つける旅に出かけ、そして「自分」を表現するためのあらゆる手段を講じる。

 

表情を持ち、心がある。見た目も人間そっくりだ。

 

では人間とアンドロイドの違いは?

 

アンドリューNDR114ではその「違い」を端的に示した。幼い頃に初めて見て、それから何度も何度も繰り返し見返しているけれどそのたびに新しい発見をする。

 

人間とはなにか。

アンドリューが人間としてはあまりにも長すぎる生涯で教えてくれる。

人生において、見返すたびにその時のライフステージに応じた衝撃を与える間違いない良作です。